〜赤眼で見るブログ〜
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自生大麻草
禁止されている理由
2007年09月29日(土) 17:23
汝らに奇跡の草を授げよう。これで、この土地から飢餓はなくなるだろう。
 -- エゼキエル書 34/29

ガンジャが禁止されてきた本当の理由は
体や心への影響などとは全く無関係なのだ

ポットは人間の体や心に害にならないし、マリファナは社会全体の脅威にはならない。マリファナが危険なのは、石油会社やアルコールやタバコ産業、さらに大多数の化学産業にとってなのだ。溢れるほどのドルと影響力のある大企業がマリファナの真実を人々から隠蔽してきた。

もしマリファナが膨大な種類の商品に利用できるようになったら、それらの産業にとって原子爆弾になるというのが真相なのだ。新しく事業を興すそうとする起業家たちはマリファナの商品としての潜在性について教育されていないし知らされてもいないが、これは、億万長者たちがこの極めて多用途な植物について嘘を流布し、自分たちの会社が破滅されたりしないように謀略をめぐらせてきたからだ。

「マリファナ」 という言葉はどこから来たのだろうか? 実は、1930年代中頃、「ヘンプ」の良いイメージと栄光の歴史を汚すために捏造されたものなのだ。それを確認するためにはヘンプの歴史的事実を知る必要がある。以下の引用は出典が明らかなもので、多くは150年前にヘンプ紙に印刷されたブリタニカ百科事典で検証することができる。

1880年代以前、学校のどの教科書もヘンプ紙や亜麻紙で作られていた。(Hemp Paper Reconsidered, Jack Frazier, 1974)

アメリカでは1631年から1800年代の初頭まで、税金をヘンプで支払うことが法的に認められていた。(LA Times, Aug. 12, 1981)

17〜18世紀のアメリカでは、ヘンプを栽培しないのは法に背くことだった。1763〜1769年のバージニア植民地では、栽培を拒めば投獄された。(Hemp in Colonial Virginia, G. M. Herdon)

ジョージ・ワシントン、トマス・ジェファーソンなと建国の父たちはヘンプを栽培していた(Washington and Jefferson Diaries)。 また、ジェファーソンはヘンプの種を中国からフランスを経由してアメリカに密輸していた。

ベンジャミン・フランクリンは、アメリカでも最初の製紙用水車の一つを所有し、ヘンプで紙を作っていた。また、1812年のナポレオンによるモスクワ遠征は、ロシアからイギリスへのヘンプの供給を断ち切るためのが目的だった。(Emperor Wears No Clothes, Jack Herer)

何千年もの間、船の帆やロープの90%がヘンプから作られていた。「キャンバス」 という言葉はカナビスを意味するオランダ語が起源になっている。(Webster's New World Dictionary)

コットン用綿繰り機が導入される1820年代以前は、繊維製品、布地、衣服、リンネル製品、カーテン、ベッドのシーツ、などの80%がヘンプから作られていた。

アメリカの初期のバイブル、地図、海図、最初の国旗、独立宣言と憲法の草稿には、ヘンプの紙と布が使われた。(U.S. Government Archives)

多くの州で最初に栽培された作物はヘンプだった。1850年の最盛期にはケンタッキーだけで4万トンが生産された。20世紀になるまではヘンプが最大の換金作物だった。(State Archives)

ヘンプ産業が興ったのは古代エジプトからと考えられているが、ヘンプ栽培については5000年前の中国の記録に残されている。

レンブラントやゲンズボロ、ゴッフォなどの絵画は主にヘンプ布に描かれている。初期のキャンバスの大半がヘンプだった。

アメリカ政府は1916年、1940年代までにすべての紙はヘンプになって、もう木を切る必要はなくなるだろうと予測していた。政府の研究によれば、ヘンプ1エーカーで木4.1エーカーと同等の紙が生産できるとして、実現のための計画が進行中だと発表した。(Department of Agriculture)

1937年までには、上質のペンキやニスがヘンプのシート・オイルから作られていた。1935年には、アメリカのペンキ製品には5万8000トンのヘンプ・シード・オイルが使われた。(Sherman Williams Paint Co による1937年のマリファナ税法に関する議会証言)

ヘンリー・フォードの初代T型モデル車はヘンプ・ガソリンで動くように作られていた。また、自動車そのものにもヘンプ素材が使われていた。自分の広大な土地のヘンプ畑で撮ったフォードの写真も残されている。「土から生産した」 自動車の車体はヘンプ製のプラスチックが使われ、衝突に対して金属製よりも10倍も強靭だった。(Popular Mechanics, 1941)

ヘンプは、換金作物で初めて10億ドルを越える可能性のあるのビジネスとされ、「10億ドルの作物」 と呼ばれた。(Popular Mechanics, Feb. 1938)

メカニカル・エンジニアリング・マガジンの1938年2月号は 「最も利益になる最高の栽培作物」 と題する記事を掲載し、20世紀の技術を使って栽培すれば、ヘンプは、単一作物としては、アメリカも含めた世界全体で最も大きな農業になる、と書いている。
ブリタニカより引用
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